浜松着

高校体育館の避難所に二晩、その後家人の会社の独身寮に三泊四日、そして今日浜松のひつじや宅着。
午後、中部国際空港に着き、空港のモールやフードコートの華やかさ、にぎわいにくらくらしました。飛行機で1時間飛んだだけで、この別世界のような風景…。今も寒さに震え、食べ物を待つ避難所の人たちのことを思うと涙、涙。
ばあこのいるホームとは地震後、4日たってようやく連絡が取れました。屋内退避の指示が出た地域内、村民の大半は避難しましたが、ここから移れないので頑張りますといってくださったスタッフの方々、ありがとうございます。でも、食糧、薬、灯油などは十分なのでしょうか。不安ですが、こちらから何もできずにいます。こういう施設がある地域に屋内退避の指示を出す側の方々は、そこに暮らす人たち、特に介護が必要な方々、弱者とよばれる人たちのの暮らしが今後どう支えられていくのか、ちらりとでもお考えくださったでしょうか。原発から何キロ圏は〇〇と線引きをすればよしなのでしょうか。

後記:20日飯舘村の村営水道から高濃度の放射性ヨウ素が検出されたそうです。NHKニュースでも村役場の動きが報道され、ホームだけが孤立した状態ではないことが判明。だが、備蓄分の天然水に頼った生活がいつまで続けられるというのか…。